南部の歌姫、ドッティ・ピープスは、”He’s an On Time God “や “Handwriting on the Wall “で知られています。
1947年8月、オハイオ州デイトンに10人兄妹の長女として生まれました。彼女はアラバマにある祖母の教会で音楽を学ぶ。10代で高校と教会の合唱団で歌い始め、その後しばらく姉妹で歌っていました。

1960年代後半にはその歌の上手さで評判になり、元キャラヴァンズのスーパースター、ドロシー・ノーウッドから誘いを受けました。ドッティがエンタメの世界に入ることにあまり賛成していなかった母親が、一度はこの誘いを断りましたがノーウッドが2度目に尋ねたとき、ドッティはローリング・ストーンズとツアーをしていたノーウッド・シンガーズに参加しました。

その後10年間、ピープルズは高級なサパークラブでジャズミュージックを歌い続けましたが、このような場で歌っていることを母親には知られたくなかったようで、この期間は後に彼女がゴスペルの世界で不動の地位を築くまで、キャリアとしては封印されていたようです。

1980年に結婚し、彼女は夫とアトランタに引っ越しました。地元のセーラム・バプティスト教会に通い始め、ジャスパー・ウィリアムスJr.牧師がチャーチ・ドア・レコードを設立するのを手伝いました。彼女はこのレーベルのゼネラル・マネージャーを務め、いくつかのリリースをプロデュースしました。

1999年、彼女はAIRレコードと契約し、「Live at Salem Baptist Church」をリリースします。
そして1994年にリリースしたCD「オン・タイム・ゴッド」がラジオで大ヒットし、彼女は一躍ゴスペル界のスターダムに押し上げられました。その後、「Show Up and Show Out」、「Testify」、キャンディ・ステイトンとの「Shut Up and Start Praying」などがラジオでヒットします。

ドッティは完璧に整えられた髪と鮮やかで人目を引く衣装などそのスタイルセンスでも有名ですが、やはり歌手の本質である雷鳴のような伝統的な歌唱法でもよく知られています。

Widespread Panic というロック・グループがVH Iのゴスペル・スペシャルでドッティを観て、彼女の声に惚れ込んだと言って、レコード会社に電話をかけてきました。「彼らのレパートリーにゴスペルの曲があって、それに特別出演してほしい」という依頼でした。

ロック・グループとのコラボはゴスペル歌手にとっては「諸刃の剣」とも言えます。なぜならゴスペル界の古い体質は世俗音楽との交流を良しとせず、うまくやれなかった時にはそれまで築いた信頼関係を失いかねないからです。

しかし彼女はアトランタでの彼らの公演に出演し、そのコンサートは大成功を収めました。このステージは大きな反響を呼び、それまでロックしか聴かなかった観客から「心から感動した」という多数のe-mail が寄せられ、多くの人が「神」に目を向けるきっかけになったとメディアでニュースとして取り上げられました。

ドーヴ賞、複数のステラー賞 (ジェイムズ クリーブランド ライフタイム アチーブメント賞を含む)、およびいくつかのゴスペル・ミュージック・ワークショップ・オブ・アメリカ賞を受賞したピープルズは、グラミー賞とソウル トレイン アワードにもノミネートされています。

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