クララ・ウォードの人生は、キャリアの成功だけを見れば華やかそのものですが、決して彼女にとって幸せとは言い難いものでした。
幼い頃は経済的な事情から彼女の家族は19回も引っ越しをしました。彼女の自伝によれば幼少期にいとこから性的虐待を受け、生涯を通じて母親はクララを「最高の稼ぎ頭」として絶え間なく働かせました。
妹のウィラによれば、母親は彼女たちの恋愛を禁止し、過酷なツアー・スケジュールを課しました。17歳でクララは一度、彼氏と駆け落ちして結婚しますが、それを良く思わなかった母親がートルードは長期にわたるツアーを強要し、元々体がそんなに強くなかったクララは極度の緊張から流産します。そして結婚生活も一年で終わってしまいます。
そんな彼女にとってとても幸せな時間だったのは、デトロイトを拠点とする有名な説教師であり、あのアレサ・フランクリンの父親でもあるC.L フランクリンとの長年のロマンスだったのではないでしょうか?
ウォード・シンガーズは、C.L フランクリンと大規模なツアーを多く行い、クララは長い時間をフランクリンの家で過ごしました。そしてこの時期にマヘリア・ジャクソン(彼女もフランクリンの家族の友人だった)とともに、アレサ・フランクリンを指導します。
後にソウルの女王となったアレサのあのパーフェクトな鼻腔共鳴を作ったのはまさにクララ・ウォードだと思います。(上の動画でもC.L フランクリンの横にクララが座って嬉しそうに弟子のアレサを見つめています)
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